“おごり論争”に、作家が長文ポスト「着地点はこんなところでいかがだろうか…(以下1589文字)」→ ネット民が要約『「私は乞食です」と書くだけでこの長さ?』

妹尾ユウカさんのポスト

「男は奢って当たり前。女がそれに感謝をするのも当たり前」
都心部における、奢り奢られ論争の着地点はこんなところでいかがだろうか。

港区、新宿区、渋谷区、中央区近辺を拠点とし、第一線で遊んでいる女性たちからは支持が得られる案なのではないだろうか。
正直、私は年齢や立場が対等な友人関係を除き、昔から「男が奢って当たり前」と思って生きている。というか、この価値観で生きていてもなんの問題もない環境に身を置いてきた。

「男が奢って当たり前」という価値観について、ネット上で怒り狂っている男性たちは一体、なんなのか。私には「所得が低い」「田舎者」「モテる気がない」以外の答えが見つからない。地方在住金なしジジイはマジしぶとい。

とはいえ、私は彼らに変化を求めているわけではない。女性と食事をした際に奢る男性がほとんどの世界線にそういった男性(奢らない男性)が現れれば、当然ながらモテない、スタートラインにすら立てないだけなので、それでいいのなら構わない。もっと言えば、私とは関わることがない類の方々なのでどうでもいい。

ただ、都心部にいる華やかな女性たちから「二度と遊びたくない」「論外」といった判断を下されるのは仕方がないというだけの話である。

こういった意見に対し、SNS上で「会計時に財布を出さない女こそ論外」「奢ってもらって当たり前の女はこちらから願い下げだ」と顔を真っ赤にして反論している方もいたが、まず彼らは我々には関われないのでどうか気にしないでほしい。

ただ、こういった論争の際によく出る「女は様々な美容代にお金をかけてデートに臨んでいるから奢れ」といった意見には、全く頷けない。それが通用するのであれば、「燃費の悪い高級車で迎えに来たからガソリン代を払え」が通用してしまう。

そもそも、今は男性だって美容にお金をかけている時代であり、私は男性のために美容代を費やしたり化粧をしているわけではない。同性や家族と出かける時だって、化粧はするし可愛い服は着る。たとえ、本当にデートの日に合わせてネイルや美容院に行っていたとしても、それを「デート相手のためにしたことだから奢れ」と主張するのは無理がある。そのおめかしは自分がデート相手に気に入られたくてしたことなのだから、結局は自分のためにしたことだ。

ついでに「素敵な女性になら奢りますよ」といった男性の意見も多く見受けられたが、これは「うるさい」以外のなにものでもない。本気で言っているのならば、素敵だと思っていない女性をわざわざサシでデートに誘うな暇かという話である。

ちなみに私自身も過去に自分のツイートが発端で、似たような割り勘論争を巻き起こしたことがあるが、その際には「割り勘にすることによって"奢った・奢られた"の関係を無しにしてあげている。この気遣いが分からないなんて・・・」と西東京在住のオッサンから元気なお便りが届いていた。それはもしかしたら、どこかの誰かには素敵な気遣いとして受け取ってもらえるのかも知れないが、大抵の人には「そんな気遣いはいいから、もっと身だしなみや店選びにでも気を遣ってくれ」と思われてしまうのではないだろうか。

定期的に勃発する奢り奢られ論争。
これは現実世界では交わることのない属性の老若男女が、簡単に集結することができるSNS上だからこそ起きている。奢られたい女は奢ってくれる男の周りに身を置くし、奢りたくない男は奢らなくて済む女を愛でる。

そんな交わることのない価値観の両者がSNSを通して交わってしまう。奢り奢られ論争には互いの正義があり、日頃通用している互いの当たり前や普通がある。つまり、奢られるのが当たり前という価値観側の私がこんな記事を書いたところで、論争は収束しないし、ぶつかり合ったところで分かり合えることもない。「いかに交わらずに生きていくか」が互いのために重要となるのではないだろうか。

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rockwellさんのポスト

「私は乞食です」と書くだけでこの長さ?

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ネット上のコメント

暇なんだよ!

しっかり読んだ上でこう思いました。それな

火の玉ストレートwww

乞食決意表明

要約助かります

バ⚫︎ほど長文になる現象って名前あんの??

笑ったwwwwwwwww

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