僧侶「『新興宗教に入信してから心が軽くなった』というのは、多くの場合『◯◯◯』だから」

六尺法師さんのツイート

僧侶として新興宗教脱会の相談を受けていてよく耳にする「新興宗教に入信してから心が軽くなった」というのは、多くの場合「人生の選択と決断のコストを宗教的教義に委ねられるから」なんですね。

つまり自分で決めなくて良いという状況が楽なんですね。

裏を返せば、大切な選択や決断すら出来ないような精神的、肉体的、経済的な状況にあると、人は縋るものを欲してしまう訳ですね。

例えばそこで伝統宗教(寺社など)と縁があると、根本治療として生活自体の改善を指摘される場合が多い※もちろん例外もある

しかし新興宗教、カルト宗教にとってみれば研修の要らない新人のようなものですから、団体にとって都合の良いように言葉巧みに依存させていく、というケースが多く見られます

だから何という事ではないのですが、そういう例もあるよという話です

「僧侶」「ご住職」「和尚さん」「お坊さん」何が違うの?


「僧侶」とは、出家して仏門に入って修行をしている人を指します。 寺院で修業を積むことはもちろん、定められた厳しい戒律を守らなければなりません。 「お坊さん」は僧侶を指していて、親しみを込めた呼び方になります。 「和尚」とは修行を積んで一人前と認められ、教えを説く僧侶を指します。
出典:©2001-2019 ASUKAKAIKAN

ネット上のコメント

これが正解だと言い切ってくれるところが、宗教にハマる最も重要なことだと聞いたことがある。

フロムの「自由からの逃走」的ですね😊

わかるー!!チャンスで打席回ってきた時、敬遠してくれたら内心「ラッキー♬」って思ってしまう⚾️

とある映像で、北朝鮮の国民が「日本人は考えることが多くて大変だね。私達は将軍の言う通りにしていれば良いから」と言っていたのを思い出す

何も出さない、何も産まない、何も出来ない、そんな自分に、生きてていいよ、居場所はあるよと言ってくれる場所は昔の自分には居心地が良かったですね。

「お前が消えて喜ぶものにお前のオールを任」(中島みゆき 「宙船」)せたがる人が沢山いるんですよね。

確かに決断しないと言うことは選択することに悩まないってことなのか それに依存し続けるとよりのめり込むと、、、



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