ベトナム民間人虐殺、残虐な加害の実態「村人を1カ所に集めては手榴弾を……」 韓国政府提訴へ

ベトナム民間人虐殺、韓国政府提訴へ 「村人を1カ所に集めては手榴弾を……」残虐な加害の実態――2020上半期BEST5

▼記事によると…

(前略)

・「村人を一カ所に集めては手榴弾を投げつけられた」
韓国がベトナム戦争に参戦したのは、朴正煕政権時代のことだ。内戦に介入していた米国が北爆を開始し、ベトナム戦争が本格化。1964年から支援部隊を送っていた韓国も本格的な派兵を決める。南ベトナム政府からの要請という名目で1965年に集団的自衛権を行使し、朴大統領は延べ32万人もの兵士を投入したのである。

派兵されたのは「猛虎隊」、「青龍隊」、「白馬隊」と呼ばれる3部隊だった。大規模な虐殺が行われていたのは、主にフーイエン、ビンディン、クワンガイ、クワンナムの4か所。いずれも韓国軍駐屯地の周辺だった。

韓国軍はベトナム人から「ダイハン(大韓)」、「朴正煕の兵士達」と呼ばれ、怖れられていたという。

ク・スジョン氏が生々しい証言について語る。

「生き残った方々の証言から、村人を一カ所に集めては手榴弾を投げつけられた、生まれたばかりの乳児が40人以上も殺された、などという凄惨な話が次々と出てきました。機関銃で殺したり、洞窟に逃げ込んだ村民を催涙ガスで燻りだして銃殺するケースもあった。

なぜ虐殺が起きたのかといえば、韓国軍が基地を作るためでした。基地を作りたい場所の周辺に村があると、敵が潜伏する隠れ家になりやすい。そこで村人を戦略村(事実上の収容所)に送ろうとしたのですが、ほとんどの村人は村を離れようとしなかった。『私は1mmもここから離れません』と標語を掲げたり、木にしがみ付いて戦略村送りを拒否する村人が多かった。

そこで韓国軍が選んだ方法が虐殺だったのです。虐殺の85%は1966年に集中していますが、ほとんどは基地設営のためでした〉

(後略)

8/10(月) 17:01
https://news.yahoo.co.jp/articles/a14de20cdc59e6ba76b851525430d06eeba28197

フォンニィ・フォンニャットの虐殺


フォンニィ・フォンニャットの虐殺(フォンニィ・フォンニャットのぎゃくさつ、퐁니•퐁넛 양민 학살 사건、フォンニィ・フォンニャット良民虐殺事件、Phong Nhi and Phong Nhat massacre)は、ベトナム戦争中に韓国軍が起こした一連の虐殺事件の一つ。1968年2月12日に、南ベトナムクアンナム省ディエンバン市社フォンニィ・フォンニャット村で、大韓民国海兵隊第2海兵師団(青龍師団)(en)によって、非武装の民間人69-79人 が虐殺された。2020年現在、韓国政府、および韓国軍は、ベトナム人虐殺・女性凌辱を認めていない。
フォンニィ・フォンニャットの虐殺 - Wikipedia

twitterの反応

ネット上のコメント

これを知ったのが15年前でした。残酷すぎます

これもっと世界に広まれば良いな〜

数百件ありそうな話

これはもっと国際社会が関心を持ち、追求すべき。

やっと動き始めるんですね。ベトナムで話を聞いたので、心から良かったと思う。

田嶋陽子はどう思ってんのかな??

ライダイハンも蒸し返してくださいな。

\FBページが新しくなりました/

1日1クリックのご支援をお願いします!
↓↓↓

新着情報をお届けします

アンケート投票 & 結果確認