フジテレビ系朝の情報番組「情報プレゼンター とくダネ!」などで司会を務めた小倉智昭さんが12月9日、千葉県柏市内の病院で亡くなりました。77歳でした。
秋田市出身の小倉さんは、2016年に公表した膀胱がんとの長い闘病生活を送りながらも、メディアを通じて発信を続けた“物言うキャスター”として知られ、多くの人に愛されました。
キャリアの足跡と「とくダネ!」での活躍
小倉さんは1970年に東京12チャンネル(現テレビ東京)に入社し、競馬実況で注目されました。その後、フリーに転身し「世界まるごとHOWマッチ」などで活躍。
「1秒間に18文字を読める男」として知られる卓越したアナウンス力を武器に、ニュースやバラエティで活躍の場を広げました。
中でも、1999年から2021年まで22年間続いた「とくダネ!」は彼の代表作。「冒頭でフリートークをする」という新たなスタイルを確立し、ニュース解説や辛辣なコメントで視聴者を引きつけました。
時に抗議を受けることもありましたが、彼の率直な物言いは「朝の顔」として多くの支持を得ました。同番組は2001年には視聴率でライバル番組を抑え、人気を確立しました。
闘病と社会への発信
2016年に膀胱がんを公表して以降、小倉さんはがんやその治療法についての知識を積極的に発信。膀胱全摘後に使用する人工膀胱の課題や、男性トイレへのサニタリーボックス設置を訴えるなど、自身の体験を通じて社会の問題解決に貢献しました。その取り組みは、多くの患者や家族から感謝の声を集めました。
晩年は腎盂(じんう)がんや肺転移と闘いながらも、ラジオやテレビ番組に出演。時事問題やメディア論について語り、「同世代が楽しめる番組をやりたい」という夢を語っていましたが、その実現を前に世を去りました。
悲しみと感謝の声
小倉さんの死去を受け、ネット上には多くの追悼の声が寄せられています。
感謝の声
「朝はとくダネ!を見るのが日課だった。小倉さんのニュース解説が本当に分かりやすかった。」
「闘病しながらも発信を続けた姿勢に尊敬します。ご冥福をお祈りします。」
その物言いに関する声
「時に辛辣だったけど、それが小倉さんの魅力だった。正直でぶれない人でした。」
「反発もあったけど、物事をはっきり言うキャスターは今では貴重だったと思う。」
一方で、「彼のフリートークが賛否両論を巻き起こすことも多かった」という意見もあり、彼の率直な姿勢が視聴者にさまざまな感情を抱かせていたことが伺えます。
メディア界に残した「小倉流」
小倉智昭さんは単なるキャスターではなく、時代とともにメディアの在り方を変える挑戦者でした。「フリートーク」というスタイルでキャスターの個性を打ち出し、朝の情報番組に新しい風を吹き込みました。
また、闘病を公表しながら社会問題に光を当てた姿は、多くの人に勇気と希望を与えました。
彼の死去はメディア界だけでなく、多くの視聴者にとっても大きな損失です。一方で、小倉さんの残した言葉や取り組みは今後も語り継がれ、影響を与え続けるでしょう。
小倉智昭さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
(文=Share News Japan編集部)
ネット上のコメント
・元気そうな印象でしたが……(@_@;) ご冥福をお祈りします。
・ご冥福をお祈りします やっぱ世界まるごとHOWマッチの印象が強いです
・小倉智昭さんのとくダネを毎日観ていました。ハッキリ言うキレのあるトークが好きでした😢
・あまりの突然の出来事で驚きが……ご冥福をお祈りします。
・77歳...まだお若すぎるのに...
・朝の顔 小倉さん 闘病生活の中頑張る姿はかっこよかったです 小倉さんの "あまたつー" を思い出します また元気な姿を見せてくれると思ってました…😢
・ご冥福をお祈りします
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