麻生副総理の生い立ち → ネット『自分の考えていたイメージとは全然違った…』

六衛府さんのツイート

麻生さんの生い立ちですけど、子どもの頃は麦飯で育って、白米はほとんど食べたことは無く、祖母が非常に厳しい方で母親は多忙。

贅沢三昧だったはずと思っていたのですが、自分だけ布製のランドセルだったので他の子がうらやましかったとか。

自分の考えていたイメージとは全然違ってました。

関連ツイート

麻生太郎 プロフィール


麻生 太郎は、日本の政治家、実業家。 自由民主党所属の衆議院議員、副総理、財務大臣、内閣府特命担当大臣、デフレ脱却担当、志公会会長、自民党たばこ議員連盟顧問である。
生年月日:1940年9月20日 (年齢 79歳)
麻生太郎 - Wikipedia

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twitterの反応

ネット上のコメント

自分もおばあちゃん子で、ご飯一粒も残すことを許さない人でしたねぇ。

失礼します。亡くなった私の父は麻生さんとほぼ同じ世代です。小学生のころ神奈川県の鶴見にたそうですが靴を履いていない子、下着を履いていない子などは結構いたそうです。戦後間もない頃ですから致し方ないかもしれませんね。

祖父に聞いたことがありました 人の上に立つ人、立派な家の人は 人々の暮らしをまず考えるから 決して贅沢なことはなさらないものだ だけど災害とか何かあった時に、何かと皆の世話をしてくださる と 今、それを思い出しました。昔はそういう人が多かったのかなって感じました

この麦飯で育ってという部分ですが、私の友人の生家が、とある地方都市でも有数の土木関係の企業を経営する一族の長男で、彼も実家での食事は麦飯だったそうです。彼曰く、麦飯に慣れておけば、いつどこでご馳走になっても心から白米を美味しいと言えるからとのこと。帝王学ですな。

麻生氏が達筆なのは、恐ろしかったお婆様の教育の賜物なのでしょうか

アメリカ時代のバイトの話もグッと来ますよ

貧乏だった時代の子供への躾は、やはり大切ですね。私もイメージ変わりました。

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